元 ハイスペック()ぼっちの回顧録

かつてハイスペック()ぼっちを自称していた文系大学生のブログです。「常に観測者でありたい」

ルクレティウスの思想

もう9月ですね。8月は自動車学校に通っている間に終わりました。

そういえば、免許取れました!ずっとMTでやってると、ATとか超ヌルゲーですね!また1人、慢心ドライバーが世に放たれたわけだ。

振り返るまでもなく、夏らしいことは何ひとつしていません。どこかの花火大会に行こうと思っていましたが、結局行かなかった……

でも、スクストで花火見たし!しかも、女の子と2人きりだったし!プレーヤー猫だけど。

 

 

さて、ハイスペックぼっちに関する記事とか言いつつ、その前に書き忘れていたことがあったので、先にそちらを。 

今回は、共和制ローマの詩人兼哲学者、ティトゥスルクレティウス・カルス(Titus Lucretius Carus)のお話です。

この記事で参照にしたのは、『万物の根源/世界の起源を求めて』(塚谷肇訳、近代文藝社)です。買うと高いしそもそも入手困難なので、図書館で借りましょう。岩波文庫(『物の本質について』)の方なら入手しやすいと思うので、買うならそちらをどうぞ。

比較的読みやすいので、哲学書だと思って身構える必要はそんなにないです。

なお、私は前述書を軽く一周しただけなので、正確さとか専門性を求めている方は他のページをどうぞ。

果たしてそんな人間がいるのかは疑問ですが、ルクレティウスの思想を手軽に知りたいという人には、少しは役に立つと思います。 

 

Wikipedia(ルクレティウス - Wikipedia)を見ていただければ分かりますが、彼について分かっていることは多くありません。そこにリンクが貼られているスタンフォード哲学百科事典とか見るともう少し色々書いてありそうだし、Wikiを編集する人間に詳しい人がいないだけの可能性もありますが。

そして、彼の著書は前述の1冊しか残っていない(日本語版は他にもいくつか出版されています)ので、これを読むだけでルクレティウス通のフリができちゃいます!

 

 さて、彼の思想を一言で表すならば、「原子論」に尽きるでしょう。エピクロス崇拝してるし。とか言いつつ、デモクリトスエピクロスもきちんと知りません。すまぬ。

しかし、彼等を知らなくても分かるぐらいはっきりと、『万物の根源』にはひたすら原子論的な内容が書いてあります。

前掲書の章立て*1はこんな感じです。

第一部 万物の根源を求めて

第二部 原子の存在と運動

第三部 精神と魂の機嫌を求めて/死の恐怖の克服

第四部 イメージ、感覚、愛の機嫌を求めて

第五部 世界の起源を求めて

第六部 自然現象/天災と人災の起源を求めて

 色々書かれていますが、8割方原子論です。

彼は、世界が「実体空無」(p.37)から構成されているとした上で、「さらに実体にはその構成要素が存在する」(p.37)とします。

この「構成要素」が、今で言う「原子」ですね。当たり前ですが、メンデレーエフ周期表と同じように分類されているわけではありませんよ?概念として、原子のようなものだったという話です。

 

同書では、この「構成要素」を用いてあらゆる物事を説明しようとします。

突飛なことを言っていることも少なくはありませんが、頑張って合理的に説明しようとしている感じは伝わってきます。

それに、2000年以上前にそういう考え方をしていた人間がいたということは、驚くべきことではないでしょうか?

尤も、褒めるべきはデモクリトスの方かもしれませんが。

 

具体例を出しながら各章の内容を説明する気力は無いので、理論の説明はこれぐらいで。興味持った人は、取り敢えず読んでください。そんなに難しいことは言っていない(と思う)。

この作品は、明らかに途中で終わっています。時間の流れの中で失われてしまったと考えるのが妥当でしょう。

しかし、正直残りの部分はあっても無くても大して変わらない気がします。

ルクレティウスで大事なのって、思想の内容そのものよりも姿勢だと思うのですよ。(←そう言って内容の理解不足を誤魔化す)

 

『万物の根源』は、メムミウ*2に向けた本という形を取っています。

そこで彼は、「宗教の迷妄による恐れや精神の闇」(p.27)を克服するべきだと言っています。つまり、「なんでも盲目的に神に帰するのはやめろ」ってことです。

この姿勢は、「無から神々の力によって生みだされるものなどなにもない」(p.27)という言葉に象徴されているでしょう。

決して、神の存在を否定しているわけではないのです。「天空、神々の本質までをもつらぬく体系的な法則」(p.24)と言っていますし。

ただ、何もかも彼等が作ったというような非合理的な信仰を否定しているのです。

当時主流だったキリスト教ローマの多神教服従するのでは無く、何事も自分で考える姿勢

それが、最終的にはエピクロスの求めた心安らかな人生につながるのです。

これこそが、ルクレティウスの真髄なのですよ。まあ、哲学者と呼ばれるような人々はみんなそうしてると思うけど。

 

 

最後に、ハンドルネームについて書いておきましょう。

以前にも書きましたが、"Lukrez"はルクレティウスのドイツ語名です。

でも、実はWikipediaで哲学者の一覧から適当に選んだだけで、彼を選んだのに大した理由なんてないんだよね……ゼロから自分で考えるの面倒だったし。

そのままだと面白くないと思ってドイツ語版ページ見たら丁度良い感じにドイツ語名が載ってたから、それをいただいてこうなったわけで。

この記事で偉そうに色々書いたけど、それまではルクレティウスなんて名前すら知らなかったし、『万物の根源』もブログ作ってから読んだだけだし。

彼みたいな思想は嫌いじゃないですよ。でも、完全に同意できるかというとそうでもない。

 

それでは、今回はこの辺で。

*1:原典にあるものではなく訳者がつけたもの

*2:ルクレティウスの友人らしいが詳細は不明